明日も、さんま鹿踊子

舞台脚本・上演台本

明日も、さんま

母がいられるのは、一局だけ。

三回忌の夜、亡くなった母が一局だけ食卓に戻ってくる。麻雀の手牌に家族の人生を重ねて描く、笑って泣ける家族劇です。

作:鹿踊子

上演時間
約80〜90分(目安)
出演人数
6〜14名
ジャンル
家族劇(ストレートプレイ・映像演出推奨)

あらすじ

STORY

三回忌の法要から帰ってきた夜。喪服の父と兄と妹が囲む食卓に、二年前に亡くなったはずの母が、明るいエプロン姿で座っている。食卓には、焼きたての秋刀魚が四皿。

背景のスクリーンに映し出されるのは、各々の麻雀の手牌。萬子はお金、筒子は恋の相手、索子は仕事、東南西北は生まれた土地。四人が一枚引いては一枚捨てるたびに、就職、恋愛、挫折――家族にさえ話してこなかった身の上話が、ぽろぽろとこぼれ出す。

「一万、三万、五万と財布が潤って……」「あの時、一発当てようとして……」。舞台の端では、実況と解説の二人がテレビの麻雀中継さながらに、家族の人生の一手一手を読み解いていく。

けれど、母がここにいられるのは、この一局だけ。局が進むほど、手はそろっていく。誰かがアガれば、母は帰ってしまう。

アガりたい。でも、終わってほしくない。家族四人の、一局が始まる。

この作品のしかけ

HIGHLIGHTS

麻雀の手牌が、家族の人生になる

萬子=お金、筒子=恋の相手、索子=仕事の九段階、東南西北=土地、白=頭が真っ白、發=一発、中=中毒。牌の一枚一枚が人生の「見立て」になっていて、捨てた牌ひとつに、その人の決断が映ります。

ルールを知らなくても大丈夫

舞台の端の実況ブースで、アナウンサーとプロ雀士が中継さながらに案内します。牌の意味もルールも、観客と一緒に覚えられます。麻雀好きには、手牌の進み方そのものが楽しめる仕掛けです。

アガれば、母は帰る

「一局だけ」という約束が、物語に静かなタイムリミットを作ります。勝負が進むほど、切なさがふくらんでいきます。

回想シーンあり

家族の若いころの恋人やスカウトたちは、実況・解説の二人が早替わりで演じられます。最少6人でも、十数人の人生が舞台に立ち上がります。

映像演出は推奨。なくても上演できます

手牌の見せ方は演出に委ねています。プロジェクターで映すのがおすすめですが、手書きの牌や大きな小道具で見せても、何も投影しなくても上演できます。

上演データ

DATA

上演時間約80〜90分
※セリフの文字数から出した目安です。間・動き・転換など、演出によって変わります。
最少出演人数6名(兼役あり)
最多出演人数14名
人数のめやす最少6名(家族4人と実況・解説。回想の人物は実況と解説が兼ねます)〜最大14名(すべての役を別の俳優で)。
形式ストレートプレイ(映像演出推奨。手書きの牌や、投影なしでも上演できます)
あると良いもの手牌を見せるスクリーンや小道具、秋刀魚の小道具
作鹿踊子

性別が決まっている役

父=男性、母=女性(兄と妹の実の両親のため)。声だけの役の祖母ふたり=女性。そのほかの役は、名前や呼び方を直せば性別を入れかえられます。

登場人物

CHARACTERS

父(パパ)
沖縄出身。東家・親。若いころは一発当てる夢と美女を追ったが、早々に堅実な道を選んだ。妻を亡くしてから二年、秋になると毎日、秋刀魚を四匹焼いている。
母(ママ)
北海道出身。北家。二年前の秋に亡くなった。三回忌の夜、一局だけ食卓に戻ってきた。人生の断捨離が得意な「決断力の鬼」。
兄(お兄ちゃん)
横浜生まれ、高校から大阪育ちの関西弁。西家。誘いも頼みも断れない。手牌も人生も、点と点が線にならずにいる。
妹
大阪生まれ、横浜育ち。南家。大胆不敵で、極端な恋愛体質。とがった牌ばかり集めたがる。
実況・渡守(わたしもり)
麻雀中継のアナウンサー。観客に牌の意味を案内する。
解説・六文(ろくもん)
プロ雀士。落ち着いた語り口で、家族の一手を読み解く。
回想の人物
マリ(父の沖縄時代の恋人)、レオ(妹の担当ホスト)、ユカ(兄の同棲相手)、タカギ(芸能事務所のスカウト)、比嘉(父の後輩)、アヤネ(兄をセミナーに誘った女性)、祖母ふたり(声)。

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明日も、さんま作 鹿踊子

序章

暗転の中、魚を焼く音。じゅう、という脂の音。

明かりが入る。リビング。正方形の食卓。

舞台上では観客に背を向ける者がいないよう、父・妹・兄・母の四人全員が客席(正面)を向いて横並びに配置されている。四人は「それぞれの目の前に食卓の中心があり、互いに顔を見合わせている」という態度のまま、あえて全員が前を向いて芝居を進行する。

父・兄・妹は喪服。三回忌の法要から帰ってきたところ。母だけが、明るい色のエプロン姿。

食卓には焼いた秋刀魚が四皿。母の席の皿だけ、箸がきれいにそろえて置かれたまま。

舞台下手の端に、小さな実況ブース(机とマイク二本)。まだ明かりは入っていない。

背景スクリーンには、裏返しの麻雀牌が静かに並んでいる。

四人はそれぞれ違うことをしている(父は台所、兄はスマホ、妹は鏡で化粧直し、母は窓の外を見ている)。そこから、徐々に全員が以下独白をしながら食卓に集まってくる。

父「大人になると、子は親から離れていくものである。大学生になり、一人暮らしをし、社会人になる。四人家族の我が家も、毎分毎秒誰がどこで何をしているかなんて分かりもしない。どの家庭も、だいたい父親の帰りが遅いとか、上の兄弟が先に家を出るとかって好き勝手なライフスタイルが横行して、四人で食卓を囲む機会が次第に減っていく。秋、食欲の秋。美味しいものを食べると私は、その感動をその時一番大切な人に共有したくなる。小さい頃は、それを共有したい相手は私の親だった。親も私に『おいしい』を共有してくれる。明日はさつまいもと鶏肉の甘辛炒めだよ、明日は秋鮭といくらの土鍋ご飯だよ。そんな会話が懐かしい」

照明が少しだけ、昔の色に変わる。思い出の中の食卓。

母「明日は、秋刀魚だよ。」

妹「えー、昨日も秋刀魚だったじゃん。」

母「北海道の人間はね、秋は毎日秋刀魚でいいの。」

妹「よくなーい。」

照明がもとに戻る。

兄「人生は、運と選択でできている。いいめぐり合わせが来ることもある。何をしてもうまくいく日がある。誰かに出会い、偶然電話が鳴り、たまたま空いていた席に座る。あとから思えば、あれが人生の分かれ道だったのかもしれない。反対に、どれだけ真面目にしていても、何も来ない日もある。いい子にしていれば、いつかいい運にめぐり合える。そう思って、順番を待っている。人に迷惑をかけないようにして、嫌われないようにして、間違えないようにして。でも、たぶん、運と善い行いには、そんなにきれいな因果関係はない。いい人だったから、いい牌を引けるわけじゃない。誰かを傷つけなかったから、欲しいものが手に入るわけじゃない。」

妹「逆に、ずるい人が笑っていて、何も悪くない人が、最後まで何も引けないことだってある。人生は、そういうところだけ妙に公平じゃない。それでも、ひとつだけ確かなことがある。何かを得るためには、何かを捨てなければならない。両手いっぱいに抱えたままでは、新しいものを持てない。古い牌を握りしめたままでは、次の牌を引けない。捨てたからといって、必ず欲しいものが来るわけじゃない。捨てたあとに、何も来ないことだってある。だから怖い。」

母「捨てれば得られる、なんて約束はどこにもない。捨てたものが、あとになって一番大事だったと気づくこともある。あのとき捨てなければよかったと、何年も思い続けることもある。でも、捨てなければ、チャンスさえ来ない。運は、待っている人のところに必ず来るわけじゃない。ただ、何かを手放して、空いた場所を作った人だけが、来た運を受け取れる。だから、選ぶ。正しいかどうかは分からない。報われるかどうかも分からない。ただ、これ以上、何も捨てずに、何も得られないまま終わるのは嫌だから。」

全員「私たちはいつ大人になったのだろう。私たち全員に学生時代があり、私たち全員に二十歳があり、私たち全員に就職したタイミングがあった。」

四人、食卓につく。スクリーンの牌が、ざあっと音を立てて混ざる(洗牌の音)。

第一場 配牌

実況ブースに明かり。実況・渡守(わたしもり)と、解説・六文(ろくもん)がマイクの前に座っている。テレビの麻雀中継のような、きちんとした身なり。

実況「さあ、始まりました。……(客席に気づいて)あ、どうも。こんばんは。本日の実況は私、渡守がお送りいたします。解説はこの方。」

解説「六文です。よろしくお願いします。」

実況「六文プロ、本日の卓、いかがですか。」

解説「いい卓ですよ。家族麻雀。しかも全員、なかなか『打つ』。」

実況「ご覧のみなさまの中には、麻雀のルールをご存じない方もいらっしゃるかと思います。」

解説「ご安心ください。今日の麻雀は、一味違うんです。」

実況「と、言いますと。」

解説「この家の牌には、意味があるんです。」

実況「まずは萬子(マンズ)。漢字の数字が書いてある牌ですね。」

解説「これは、お金です。一萬は一万円、九萬は九万円。財布の中身、口座の中身。」

実況「分かりやすい。続いて、丸い模様の筒子(ピンズ)。」

解説「これは、人です。恋の相手、気になる異性。昔は美人のことを『別嬪(べっぴん)』と言ったでしょう。なので、このピンズが、気になる相手のことを指しています。」

実況「なるほど。では、数字は。」

解説「……まあ、点数ですね。」

実況「点数。」

解説「ときめき度、と言っておきましょう。今の時代、人に点数をつけるのはいけません。いけませんが、この家族はつけます。」

実況「つけるんですね。」

解説「つけます。そして怒られます。」

実況「なるほど。続いて、竹の模様の索子(ソーズ)についても教えてください。」

解説「はい、索子は仕事です。竹はぐんぐん伸びるでしょう。一から九まで、仕事の段階になっています。」

Ⅰ 仕事を知る/Ⅱ 仕事を始める/Ⅲ 任される/Ⅳ 自分で回せる/Ⅴ 認められる/Ⅵ 専門になる/Ⅶ 人を支える/Ⅷ 仕事を生み出す/Ⅸ 生き方になる

実況「ちょっと複雑ですが、数字が大きいほど、自分に合った魅力的な仕事っていうことですかね。そして最後に、字牌(じはい)。」

解説「東・南・西・北は、土地です。生まれた場所、住んだ場所、行きたい場所を表しています。それから白(ハク)は、全てを失うような喪失感、頭が真っ白と覚えてください。發(ハツ)は、一發当てる夢とか人生の賭けです。中(チュン)は、中毒になるようなことを表しています。」

実況「なるほど。そして麻雀の基本ルールは。」

解説「一枚引いたら、一枚捨てる。」

実況「それだけですか。」

解説「それだけです。人生と同じ。何かを手に入れたら、何かを手放す。手に持っていられるのは、いつも十三枚までとなっています。」

実況「わかりました。では、本日の席順です。東家(トンチャ)、親はお父さん。南家(ナンチャ)、妹さん。西家(シャーチャ)、お兄さん。そして、北家(ペーチャ)……」

解説「……。」

実況「北家、お母さん。」

解説「本日は、特別参加です。」

実況「そして本日は一局勝負です。この一局が終わったところで、対局は終了となります。」

解説「はい、誰かが上がったら、その時点で試合終了ということ、です。」

実況「大事にしたいですね。」

解説「ええ。」

実況「それでは参りましょう。東一局。」

実況ブースの明かりが少し落ちる。食卓に明かり。

母「さ、食べながらやろっか。冷めちゃう。」

父「おう。」

妹「いただきまーす。」

兄「いただきます。」

三人は秋刀魚に箸をつける。母は箸を取らない。誰もそれを気にしない。

第二場 東一局・一巡目〜四巡目

牌 父 [一三七八②③⑥⑦⑨ⅤⅨⅨ南] 拾:五 捨:南

父「この年になると、学生時代まで振り返るのはタイムトラベルみたいだな。俺は南国、沖縄出身だった。とにかくモテてな。一歩外に出れば別ピンだらけ。もうピンピン。こんな言い方は今の時代じゃ叩かれるかもしれないけど、二十点三十点くらいの女から、六十点、七十点、九十点くらいの女まで、俺の身の回りには沢山いたな。」

母「嫌な言い方ね。」

父「入社して、仕事について、あ、そうだ、いきなりイベントの運営とか任されたんだ。あれは嬉しかったね。仕事ってのは九段階あるんだ。(九回、指を折りながら)仕事を知り、仕事を始め、任せられて、自分で回せて、人に認められて、専門性をもって、人を支える。仕事を生み出して、最後はそれが生き方になる。当時このイベント運営が人に認められた感覚があって、それが嬉しかった。仕事ってのは考えて動いて何かを目指すほど、自分も事業もぐんぐん成長する。まるで竹なんだよ。」

兄「竹、かあ。」

父「俺は元々大学時代に小さい会社を作って、それを売ってるからな。新しい仕事にも手を付けるかあって時期だったのよ。一万、三万、五万、七万、八万と、財布がずっと潤っていた記憶が鮮明にあるな。でな、もっといろんなチャンスに出会ってみたいと思って、沖縄を出ると決めたんだ。」

実況ブースに明かり。

実況「お父さん、いきなり『南』を切りました。」

解説「故郷を切った、ということですね。一巡目から迷いがない。」

実況「潔い。」

解説「潔い人は、だいたい後で泣きます。」

牌 妹 [一三五九①③④ⅠⅧⅨ東西發] 拾:中 捨:五

妹「ふーん、私は南国の風に憧れがあったから、私の生まれが大阪だったのはちょっと残念だったけど。でも物心ついた頃には横浜に引っ越してたから、もはやどっちが地元か分かんないんだよね。大阪と横浜、どっちのアイデンティティも備わってたって感じ。」

母「そうねえ。」

妹「就職したての頃のことは、全然つい最近のことに感じるけどさ。学生時代に貯めたお金が口座にあったし、パパ譲りの経営の才能があったから、学生起業家として会社を売ろうとしてたっけな。人生のデカい一発を何か当てられるかなって、全然違う仕事を始めたりもしたけどね。」

兄「へえ、そうやったんや。」

妹「でも男には恵まれなかったんだよねえ。点数付けるなら、十点とか、よくて三十点、四十点くらいの男。」

母「こら、そんな言い方、外ではしないでよ。」

妹「はいはい。でもさ、依存されるような付き合いばかり求められて。結局この人って決めてお付き合いはせず、古い縁ってのもあって、なんだかんだキープしつつ、もうちょっといい男が来ないかなとかって思って過ごしてた。使えるお金は一万、三万、五万、九万って手元にあったから、何にでもなれそうだったけど、この時期どう生きていきたいかはまだ迷走してたなあ。」

兄「へえ。よう恋愛せんとおれたな。」

妹「まあ私はちょっと依存体質というか、恋愛に中毒的なところもあったから、片っ端からいろんな男を集めたくもなったよねえ。寂しさをごまかすためにラウンジとか通って、五万くらい使い捨てたこともあったなあ。」

兄「金の使い方が贅沢やなあ。」

妹「お金は困ってなかったからねぇ〜。お兄ちゃんはどんな大学生だったの?」

兄「うわ、いじわる。知ってるくせに。」

妹「いいじゃない、この話、パパとかは知らないでしょ。」

兄「言うなよ。」

父「お、何の話だ?」

兄「ただ、学生時代に付き合うとった彼女に振られただけやって。」

父「ほお、そうなんだ。」

牌 兄 [二六七八④⑦⑨ⅣⅦ東西白中] 拾:Ⅱ 捨:中

兄「うん。大学二年から付き合うて、二年。卒業式の前の日に振られてん。笑えるやろ。そん時すごい空っぽになって、頭真っ白になってな。周りに可愛い女の子は何人かおったけど、」

妹・父「何点、何点?」

兄「え、点数とか聞くなや。」

妹「いーじゃん。」

兄「ええ……まあ、言うたら七十点とか九十点とか? 四十点くらいの子もおったかな。」

妹「え、豪華! いつでも乗り換えられるじゃーん。」

兄「お前と違うて、そんな気持ちにもなられへんかったわ。」

妹「ふーん。でもお金もなくはないだろうから別に遊べたっしょ?」

兄「まあ。財布には二万とか、あ、いやもっとあったな、六、七、八万とか、すぐに使えるお金は手元にあったけど、何も使う気が起きへんかったな。」

母「あなたたち二人は、よくお金を貯める子だったからねえ。」

兄「まあでも、貯めたくて貯めてたっていうより、何かの中毒になったらあかんって意識が強かったんかもしれん。」

妹「どういうこと?」

兄「ほら、俺も何かに依存してまう体質はあるからさ。お金を持ってる時にタバコやら酒やらギャンブルやらに手え出したら、一生抜けられへんようになるって思てな。だから中毒になることだけは絶対にせんとこって、自分を律しててん。」

妹「へえ。」

父「ま、えらいな。で、仕事に没頭したとか?」

兄「正解。なんで分かったん?」

父「あの頃、部署を異動するかどうかって、相談の連絡してこなかったっけ。」

兄「ああ、そんな連絡もしたな。当時は不動産会社で働いとって、件数こなして、ある程度一人で回せるようにはなっとってん。人の暮らしを支える仕事もしとってな。そこに、人事部に異動せえへんかって言われて。で、一旦、仕事を自分の人生の柱として伸ばしてみよかなって思てん。」

妹「えらいねえ。私がその時期に二年付き合った彼氏に振られたら、自暴自棄になって、がんがん男を食いつぶすかなあ。」

母「もう。」

妹「そういえば、お兄ちゃんって関西弁直らないよね。」

兄「せやな。生まれは横浜やけど、高校から大阪の親戚んとこに下宿して、大学も大阪やったからな。」

父「親戚の世話にはならんって俺は決めてたのになあ。息子は預けちまった。」

兄「俺が大阪の高校行きたいって言うたんやから、ええやん。」

妹「うちと真逆だけど、関西関東コンビだね。」

兄「なんそれ。」

妹「あれ、そういえばママって出身どこだっけ?」

牌 母 [二四六六七⑤ⅠⅠⅡⅦⅨ北白] 拾:① 捨:白

母「私はね、北海道なのよ。あなたたちを生んだのは横浜と大阪だったわね。そしてお父さんは沖縄。みんないろんなところの出なのが、我が家の特徴だね。」

妹「そうなんだ。ママって二十歳くらいの時、何してたの?」

母「私はねえ、その頃、私のお母さんを亡くしてね。」

兄「え、そんな早い時期やったんや。俺らが生まれる前におばあちゃんがおらんかったってことだけは、聞いたことあったけど。」

母「ええ。短大を出る年だったから、二十歳ね。あれが人生で一番の絶望だったと思う。そんな悲しみに付け込んで、品のない男が近寄ってきたりしてね。人生がとっ散らかってたわ。」

兄「どうやって生きてきたん。」

母「お金は二、四、六、七万とか、まあほどほどにあって、とにかく働いて稼ごうかな、なんて考えたりしたんだ。」

妹「おばあちゃんのこと、すぐに忘れられたの?」

母「いいえ。でもね、母の死に捉われ続けたら、私は私を失うと思って。それは天国の母さんも喜ばないと思って、割り切ったんだ。母さんのことを忘れたわけじゃないのよ。でも、引きずられて毎日頭が真っ白、なんてのは嫌だから、考えないように断ち切ったの。そうしたらきっと良い人生がやってくるって信じてね。」

母、白を切る。

兄「あれ、じゃあ母さんが父さんと出会ったのは、もっとあとなん?」

妹「ママ、食べないの? 冷めるよ。」

母「いいの。見てるだけでお腹いっぱい。」

牌 父 [一三五七八②③⑥⑦⑨ⅤⅨⅨ] 拾:發 捨:⑨

父「ああ。全然もっと後だ。なんならその時はまだ、自分の人生を謳歌してたかな。沖縄から出ていきなりだよ、一発当てるチャンスが来たんだよ。」

母「あなたはそういうところ、引きが良いよね。」

父「ああ。でも、住み慣れた地元を出るってのは心が痛かった。その時は、町から出て行かないでって、当時一番お気に入りだった、可愛い、爆美女の子に引き止められたんだけど……」

照明が変わる。波の音。父は席を立ち、若い頃の自分として舞台前方へ。そこに、マリ(沖縄の恋人)が駆けてくる。

マリ「本当に行くの?」

父「ああ。」

マリ「東京って、寒いんでしょ。」

父「寒いらしいな。」

マリ「向こうで、もっといい子見つけるんでしょ。」

父「そういうんじゃないって。」

マリ「じゃあ、ここにいればいいさ。ここだって仕事あるよ。海もあるよ。私もいるよ。」

父「……ごめん。マリの気持ちには、答えられない。」

マリ「……そう。(笑って)じゃあ、一発当ててきなさい。当てなかったら、笑いに行くからね。」

父「おう。」

マリ、去る。波の音が遠ざかる。父、食卓に戻る。

妹「え、じゃあ、その一発の為に、別ピンさんと故郷を捨てたんだ。」

父「まあ、そうなるな。本当に可愛い子だったから、ちょっとは引きずったけどね。」

母「ふうん。」

父「なんだよ。」

母「別に。九十点は、さぞ可愛かったんでしょうね。」

父「……昔の話だろ。」

妹「でも可愛い子を捨てられるなんてすごいなあ。私なんかその頃、ホストにハマっちゃってさ。」

― 試し読みはここまでです ―

演じる人へ

FOR PLAYERS

作者から、役づくりのヒントを少しだけ。

  • 父

    毎日、秋刀魚を四匹焼き続ける理由を、本人はあまり語りません。セリフより、台所に立つ背中で語る役です。

  • 実況・解説

    この芝居の「声」。軽快な掛け合いで笑いを取りながら、回想では別人に早替わり。いちばん忙しくて、いちばん楽しい二人です。

  • 母

    亡くなった人を、湿っぽくせずに。明るいエプロン姿のまま、いちばん大事なことを、いちばん軽く言える人に演じてほしい役です。

― 鹿踊子

観劇の感想

  • 麻雀の一つ拾ってきて一つ捨てる、だからまた一つ拾ってこれるという性質を人生に落とし込んだ着眼点がとても面白いです。
  • もっと一日一日を大切に生きたいと思いました。
  • たまには実家に顔を出そうかなと思える作品でした。この年になると親に会えるのももう20回くらいしかないのかなと思うと悲しくもなり、後悔のない選択をしたいと思えるようになりました。