虚の鴨鹿踊子

舞台脚本・上演台本

虚の鴨

この注射を打てば、世界は明るくなる。

人間の「感情」が注射一本で売り買いされる裏の世界。母を亡くした青年が、その深みへ沈んでいくダークファンタジーです。

作:鹿踊子

上演時間
約95分(演出により85〜110分)(目安)
出演人数
5〜10名
ジャンル
ダークファンタジー(ストレートプレイ)

あらすじ

STORY

二浪のうえ留年を重ねる大学生、吉野廉也。ある冬の夕暮れ、帰ってきた自宅は黄色いテープに囲まれていた。告げられたのは、母の突然の死。悲しみに暮れる間もなく、同棲を考えていた年上の恋人からも別れを告げられる。

雨の夜、目の前に現れたのは、高校時代の同級生・龍之介。全身をブランド品で固めた彼は、見た目こそ変わっていたが、昔と同じように穏やかで優しかった。どん底から這い上がった彼が口にしたのは、「先生」と呼ばれる人物のことだった。

「この注射を打てば、世界は明るくなる」。差し出された注射器の中身は、人間の「感情」。

喜びは高値で売れ、悲しみは誰にも見向きもされない。感情が売り買いされる裏の世界に、廉也はのめりこんでいく。突然届く五百万円の請求。ふくらみ続ける利息。返済のため、彼はなりふり構わず、他人の心に針を刺していく。

そして、ずっと閉ざされていた母の「最後の言葉」にたどり着いたとき、彼の胸に残る感情は――。

この作品のしかけ

HIGHLIGHTS

感情が「売り物」になる世界

喜びも、悲しみも、愛情も、注射一本で売り買いされる。現実とほんの少しだけずれた世界だからこそ、だましの手口や依存の怖さが、生々しく迫ってきます。

少人数でも、大きく広げても

兼役を使えば最少5名で、すべて別の俳優なら10名で上演できます。

上演データ

DATA

上演時間約95分(演出により85〜110分)
※セリフの文字数から出した目安です。間・動き・転換など、演出によって変わります。
最少出演人数5名(兼役あり)
最多出演人数10名
人数のめやす最少5名(兼役あり)〜最大10名(セリフのある役をすべて別の俳優で)。
形式ストレートプレイ(プロローグ・本編・エピローグ)
扱う題材家族の死、自死を思わせる描写、注射の場面があります。上演・観劇の対象年齢は団体でご判断ください(目安:高校生以上)
作鹿踊子

性別が決まっている役

吉野 廉也と米田 美沙(恋人どうし)は男女1名ずつ。そのほかの役は、名前や呼び方を直せば性別を問わず演じられます。

登場人物

CHARACTERS

吉野 廉也(26)
大学四年生。二浪のうえ留年を重ねている。サークル仲間とのバーベキューやドライブが好き。母と二人暮らし。
吉野 幸(59)
廉也の母。女手ひとつで廉也を育てた。
飛田 龍之介(26)
廉也の高校時代の同級生。大学を中退して起業した実業家。夜の街を渡り歩く一面も持つ。
米田 美沙(30)
廉也が大学のサークルで出会った恋人。社会人八年目。三十歳を前に、結婚を焦っている。
宇津木先生(50)
医師免許を持つ精神科医。鴨肉屋の常連。
店長(52)
龍之介の行きつけの鴨肉屋の店長。
mana(24)
自殺志願者が集まる掲示板に、予定日を書きこんだ若い女性。
巡査長(35)
生活安全課の巡査長。真面目で穏やかな警察官。
巡査(20代)
巡査長の部下。
春日 遼(19)
浪人生。合格発表の日に、廉也と出会う。

試し読み

SAMPLE

台本の最初の数ページを、無料でお読みいただけます。

虚の鴨作 鹿踊子

プロローグ 水面(みなも)

十二月のはじめ、朝。吉野家の台所。小さなテーブルと椅子が二つ。吉野幸(59)がエプロン姿で、まな板に向かっている。顔は白く、ときどき包丁の手が止まる。二階から、吉野廉也(26)がばたばたと降りてくる。

廉也「母さん、俺の充電器知らない?」

幸「テレビの横。差しっぱなし」

廉也「あ、あった。……やべ、遅れる」

幸「朝ごはんは」

廉也「いらない。向こうで食う」

幸「今日、どこ行くの」

廉也「サークルの。ドライブ。前に言ったじゃん」

幸「聞いてない」

廉也「言ったって」

幸「……廉也。大学から、手紙が来てたよ」

廉也「……」

幸「成績の。開けてないけど。開けなくても分かる封筒の厚さってあるのよね」

廉也「勝手に見んなよ」

幸「だから、見てないって」

廉也「……」

幸「今年は大丈夫なんだよね。今年こそ、卒業できるんだよね」

廉也「大丈夫だって」

幸「去年も、大丈夫って言った」

廉也「朝からやめてくれよ」

幸「朝しかいないじゃない、あんた」

廉也「母さんには分かんねえよ。俺だってやってんの。やってるけど、上手くいかないことだってあんだよ」

幸「分かってる」

廉也「分かってないって」

幸「分かってるよ。……あんたは、最初でつまずく子だから」

廉也「(カチンときて)なんだよ、それ」

幸「悪い意味じゃなくて」

廉也「悪い意味だろ。どう聞いても」

間。

幸「……ごめん。今日、早く帰ってこれる?」

廉也「なんで」

幸「鴨、買ってきたの。あんた好きでしょ。修学旅行で食べてから、ずっと言ってたじゃない。鴨鍋」

廉也「鴨って高いだろ。なんで急に」

幸「たまにはいいでしょ。……それにね、ちょっと、話したいことがあるの」

廉也「話? また説教?」

幸「違う。……違うよ」

廉也「分かんない。遅くなるかも」

幸「電話、出てね。電話するから」

廉也「はいはい」

廉也、出ていきかけて、振り返る。

廉也「母さん、顔色悪いよ。寝てないんじゃないの」

幸「(笑って)大丈夫。母さんはね、鴨と一緒。水の上じゃのんびりしてるように見えるけど、水の下じゃ必死に足をかいてんの」

廉也「なにそれ。それ、白鳥じゃないの」

幸「鴨でいいの。白鳥なんて柄じゃないもん」

廉也「……行ってきます」

幸「廉也」

廉也「なに」

幸「……あんたは、笑ってればいいからね」

廉也「は? 意味わかんね。行ってきます」

廉也、去る。幸、ひとり。ゆっくりと袖をまくる。腕に、小さな絆創膏がいくつも貼られている。幸はそれをなで、テーブルの上の大学からの封筒を見る。開けずに、胸に抱く。

幸「(ひとりごと)大丈夫。……まだ、残ってる。まだ、残ってるはず」

幸、目を閉じて、何かを思い出そうとする。思い出せない。その顔から、ふっと表情が抜け落ちる。暗転。

窪地

同じ日の夕暮れ。薄暗い。吉野家の前に、黄色と黒のテープが張られ、数人の警察官が立っている。スーパーの袋を下げた廉也が帰ってくる。

廉也「すみません、何かあったんですか」

巡査「ちょっと、下がって。帰った帰った」

廉也「ここ、俺の家なんですけど」

巡査長「あ、この家の方ですか?」

廉也「はい、そうですけど」

巡査長「お名前は」

廉也「吉野廉也です」

巡査長「廉也さんですね。何度かお電話差し上げたんですが」

廉也「電話? あ、すみません、充電が切れてて。それで?」

巡査長「ええと、廉也さん。少々、ご事情がありまして。この家には、どなたとお住まいですか?」

廉也「俺と、母の二人で」

巡査長「吉野幸さんですね」

廉也「はい。……母に、何かあったんですか?」

巡査長「大変申し上げにくいのですが。本日、ご自宅の中で、幸さんが亡くなられているのが発見されました。近くの青葉セントラル病院に救急搬送されたのですが、その時にはもう」

廉也「な、に……? 亡くなった……? 母さんが……? そんな、まさか」

巡査長「落ち着いてください。今、鑑識が中に入っておりまして。詳しいことはまだお話しできる状況では」

廉也「嘘だ。そんなの嘘だ! 母さんは今朝まで元気だったのに! 一体何があったんですか? 教えてください! 教えてくださいよ!」

廉也は声を荒げ、テープの中に入ろうとするが、巡査長(35)と巡査に止められる。スーパーの袋が落ちる。

巡査長「やめてください! 廉也さん、お気持ちは分かります。ですが、今はお入りいただけません。捜査にご協力をお願いします」

廉也「捜査って……何を捜査するっていうんですか。自分の家ですよ」

巡査長「現状では、お母様はご自身で命を絶たれた可能性が高いと見ています」

廉也「は?」

巡査長「発見された時の状況から、そう判断せざるを得ない状況です。詳しいことは、後ほど改めてお話しします」

廉也「そんな」

巡査長「一つだけ、うかがってもよろしいですか。お母様は、何か持病で通院されていましたか。たとえば、定期的に注射を打つような」

廉也「いえ。……病院なんて、行ってなかったと思います」

巡査長「そうですか。お食事は、ちゃんと摂られていましたか」

廉也「ええ。……たぶん」

巡査長「……何と言いますか。お母様は、ご自身を削って、何か別のものに変えていたような。そんな、異様な気配がありまして。すみません、こんな時に。私の勘です。鑑識の結果を待つしかありませんが」

廉也「(落ちた袋を拾う。中から、包みに入った鴨肉)……鴨鍋にするって、言ってたんです。今朝。早く帰ってこいって。話があるって。俺、遅くなるかもって。……喧嘩したのが、最後かよ。まさか、あれが最後になるなんて。母さん……。もっと、もっと話したかった。ありがとうって、言えてないよ」

巡査長「申し訳ないのですが、今夜はご自宅に戻っていただくのは難しいかと」

廉也「……わかりました」

巡査長「どなたか、今夜頼れる方は」

廉也「……はい。たぶん」

巡査長、名刺を差し出す。廉也は受け取るが、目は家から離れない。暗転。

― 試し読みはここまでです ―

演じる人へ

FOR PLAYERS

作者から、役づくりのヒントを少しだけ。

  • 吉野 廉也

    廉也は、ある日いきなり悪い人になるわけではありません。場面ごとに少しずつ気持ちが変わっていきます。どの場面で、何がきっかけで変わるのかを、自分なりに書き出してから演じてみてください。

  • 宇津木先生

    声を荒らげない悪役です。優しいことばほど怖く聞こえる、その温度を探してください。

  • 吉野 幸

    出番は短くても、作品全体を背負う役です。プロローグの一言一言が、最後まで客席の耳に残ります。

― 鹿踊子

観劇の感想

  • 鴨は水面だとのんびりしているように見えて、水の下では必死に足をかいているというセリフがおもしろいなと思った。
  • 最後まで見終わって、この脚本のタイトルの意味に三つくらいの意味がこもっていると気づいて衝撃でした。