没頭~恥ずかしい計画書~鹿踊子

舞台脚本・上演台本

没頭 ~恥ずかしい計画書~

あなたの一票で、この物語の結末が変わる。

観客が本物の投票用紙で一票を投じ、その夜の結末を決める。会社員の悲哀と葛藤、そして第二幕で世界がひっくり返る、観客参加型のビジネスドラマです。

作:鹿踊子

上演時間
約90〜100分+休憩15分(休憩は必須。休憩中に観客が投票します)(目安)
出演人数
6〜9名
ジャンル
観客参加型のビジネスドラマ(ストレートプレイ・二幕)

あらすじ

STORY

新薬の研究者を夢見て、大手製薬会社「天野製薬」に入社した南紗良(二十三歳)。配属されたのは、なぜか部長と二人きりの新規事業部。命じられたのは、薬とは縁もゆかりもない「飲食事業」の立ち上げだった。

夜パフェの店を考えては数字に打ちのめされ、同期に愚痴をこぼし、それでも南がひねり出した答えは「回転寿司」。ところが計画は社内から漏れ、「天野製薬が飲食に参入か」という噂が広がって、株価は急落。会社の評判を何より気にする専務は激怒し、取締役会での決議が迫る。

同じころ世間では、「食品衛生法案」の国民投票が行われようとしていた。第一幕の終わり、その一票を投じるのは――客席の、あなたです。

開票とともに幕を開ける第二幕。取締役会の席で南は、この世界の誰もが当たり前だと思っている「ある常識」と、真正面からぶつかることになる。

欲望に正直な新入社員と、腹の読めない上司と、一枚の投票用紙。可決か、否決か。その夜の結末を決められるのは、その夜の客席だけです。

この作品のしかけ

HIGHLIGHTS

観客の投票で、結末が二つに分かれる

受付で本物の投票用紙を配り、第一幕の終わりに、観客が「食品衛生法案」への賛成・反対を投票します。第二幕の冒頭、俳優が舞台の上で実際に開票し、その結果によって「可決の道」「否決の道」のどちらかが上演されます。

休憩時間も、芝居の一部

物語は開演前の客席から始まり、休憩中はロビーに投票所が開きます。劇場がまるごと物語の舞台になります。

第二幕で、世界の見え方がひっくり返る

第一幕にちりばめた小さな違和感が、第二幕のある瞬間に一本の線でつながります。何がひっくり返るのかは、劇場でのお楽しみです。

会社員なら、うなずける

希望しない部署への配属、根回し、取締役会、株価。どこかで見たことのある会社の風景を、テンポのよい会話劇で描きます。

もう一度観たくなる

結末は二通り。回によって違う結末になります。もう一方の結末を見に、何度も足を運ぶお客さまが生まれやすい作品です。

上演データ

DATA

上演時間約90〜100分+休憩15分(休憩は必須。休憩中に観客が投票します)
※セリフの文字数から出した目安です。間・動き・転換など、演出によって変わります。
最少出演人数6名(兼役あり)
最多出演人数9名
人数のめやす最少6名(兼役あり)〜最大9名(セリフのある役をすべて別の俳優で)。
形式二幕のストレートプレイ(観客投票で結末が二通りに分かれます)
必要なもの投票用紙と投票箱(客席数に合わせて)
稽古のポイント「可決の道」「否決の道」の両方の結末を稽古します
作鹿踊子

性別が決まっている役

南=女性、武井と安曇=男性(三人の関係を描くため)。そのほかの役は、呼び方などを直せば性別を問わず演じられます。

登場人物

CHARACTERS

南 紗良(23)
天野製薬の新入社員。新薬の研究を夢見て入社したのに、飲食事業の担当に。自分の欲求に正直で、はっきり物を言う。
武井 孝昌(49)
新規事業部の部長。かつて新薬で成果を出しながら社内政治に敗れ、法務部へ飛ばされた過去を持つ。南を面接で「一本釣り」した。
島野 昭正(61)
代表取締役社長。三代目。社内では「マスコット」と呼ばれているが……。
関 清二(58)
専務取締役。体面を何より気にする慎重派。大株主で、自分の利益には貪欲。
上坂 尚人(53)
常務取締役。愛想はないが従業員思い。数字と筋が通れば反対しない。
安曇 希(24)
南の同期。厚生労働省に出向中で、国民投票の選挙管理委員会に応援派遣されている。劇中で、観客の票を実際に開票する。
野口(23)
南の同期。研究開発部に配属された。素直で、少しおしゃべり。
門倉(65)
警察を退職し、回転寿司店「廻」の警備に迎えられた元警部。三十八年、取り締まり一筋。
母の声
南の母。電話の声だけの役(録音でも可)。

試し読み

SAMPLE

台本の最初の数ページを、無料でお読みいただけます。

没頭 ~恥ずかしい計画書~作 鹿踊子

前説 扇動

開演前。客席が明るいまま。上手から関専務がふらりと現れる。口元を覆う上品なスカーフ風のマスク。観客に話しかける。

関「皆さん、ようこそお越しくださいました。おや、ずいぶんお早いご到着で。感心、感心。ところで、受付で投票用紙は受け取られましたか? そう、それです。今度の『食品衛生法案』について、賛成か、反対かを書く、あの紙」

関「……ここだけの話ですがね。(声をひそめて)反対に一票、お願いします。だって、あんな法案が通ったら、皆さん、今みたいに自由に飲み食いできなくなりますよ? 裏路地の、ちょっと怪しいけれど最高にうまい、あの店。ああいう店から真っ先につぶれていくんです」

関「あ、それから気をつけてくださいね。『賛成』か『反対』以外のことを書いたら無効票。下手をすると、皆さんの前で読み上げられてしまいますからね。投票は一人一枚。一人一枚ですよ。お隣と相談してもかまいませんが、最後はご自分の意志で。皆さんの清き一票が、世界を、社会を、私たちの物語を大きく変えるんです」

関「(去りかけて振り返り)おっと、名乗り忘れました。天野製薬の関と申します。またのちほど」

関、去る。客電が落ちる。

第一幕

第一場 配属

天野製薬本社。新規事業部の小さな部屋。机が二つだけ。南と武井、どちらもマスクをしている。南の机の上には「天野 満腹剤」と書かれた錠剤のボトル。舞台の一角に光。リクルートスーツの南が、見えない面接官に向かって話している。これは半年前の面接の記憶。

南「はい。私は、人が誰しも持つ『健康で長く生きたい』という根源的な欲求に応えられる医薬品メーカーに、強い魅力を感じています。中でも天野製薬さんのようなリーディングカンパニーであれば、最先端の研究開発を通じて、より多くの人々の健康に貢献できると確信しております。そして私は、自分の欲求に正直な人間です。成果を出したい。認められたい。その欲求を、人の役に立つ形で燃やせる場所として、御社を志望いたしました」

光が変わり、現在。新規事業部の部屋。南、辞令の紙を握りしめている。

南「……なのに、なんで新規事業部なんですか。なんで飲食なんですか。しかも私だけ。同期はみんな研究開発、臨床開発、海外事業本部、経営企画。なんで私一人だけが、新規事業部の、飲食事業なんですか」

武井「企業というのは、そういうもんなんだ」

南「私は、世の中にまだない新しい薬を作るために、中学から大学まで医学を勉強して、国家資格まで取って入社したんです。これじゃ親に合わせる顔がありません。私の何が悪かったんですか。どうすれば異動できますか」

武井「南君。人間と同じように、企業にも寿命があるのを知っているかい」

南「急に何ですか」

武井「人間の寿命は?」

南「男性の平均寿命は八十一・〇五年、女性は八十七・〇九年です」

武井「天野製薬の年齢は?」

南「創立七十五年です」

武井「ご名答。同じ事業だけを続けていれば、会社もやがて死ぬ。世の中の欲しいものも、価値観も、すさまじい速さで変わっていくからな。南君、花札はやるかい?」

南「いえ。名前は知っていますけど」

武井「花札を作っていた会社は、今やテレビゲームの会社だ。時代に合わせて変化できた会社だけが生き残る。会社にも命がある。だから『法人』っていうんだよ」

南「だからって、飲食なんて、うちの事業と無縁すぎます」

武井「無縁だからいいのさ。仮にだ。仮に薬の需要がなくなったとき、薬に近い事業しかしていなかったら、天野は丸ごと倒れる」

南「あくまで仮の話ですよね。そんなこと、ありえません」

武井「世の中、何が起こるかわからんもんだ。それにな、食欲は人間の三大欲求のひとつ。なくならない欲求だ。なくならないものに応えられる会社は、強い」

南「私は薬を作りたいだけで、会社を大きくすることには興味ありません」

武井「金がなければ、薬は作れない。支持がなければ、金は集まらない。本当に求められているサービスには、自然と金が集まる。その金で、新しい薬を作る。そのための一時的な事業だと思ってくれてもいい」

南「……」

武井「この会社の従業員数は?」

南「三万四千五百二十人です」

武井「今年の新卒は約千二百人。社長がその全員の顔と名前を覚えていると思うか?」

南「いえ」

武井「君の同期は花形部署に行った。だが、そこでは大勢の中の一人だ。俺は、あいつらの顔も名前も知らん。一方、君は恵まれている」

南「恵まれている?」

武井「この部署で、俺と二人で新しい事業を生む。成功すれば、三万四千人全員が君の名前を知る。その先のキャリアは引く手あまた。好きな部署にだって行ける。悪い話じゃないだろう?」

南「……」

武井「まずは、ここで成果を上げろ。俺は、君と働けるのを楽しみにしていたんだ」

南「……それは、ありがとうございます」

武井「そうと決まれば、配属祝いだな。今夜空いているかい? カラオケでも行って、そのあと、よければ三ツ星レストランの個室で、二人きりで……」

南「武井部長。それ以上は、ハラスメントです」

間。

武井「……君のそういう、はっきり物を言うところが好きだ」

南「そうですか」

武井「自分の意見を言えないやつは、この部署にいらん。さっそくだが、事業案を考えてきてくれ。明日の昼にミーティングだ」

南「はい」

武井、出ていく。南、ひとりになると、机の満腹剤を一粒出し、客席に背を向け、マスクを少しだけずらして飲みこむ。マスクを直し、ため息。

― 試し読みはここまでです ―

演じる人へ

FOR PLAYERS

作者から、役づくりのヒントを少しだけ。

  • 南 紗良

    「欲しい」をまっすぐ口にできる強さが、この芝居のエンジンです。白黒はっきりさせたがる、二十代ならではの幼さを大切にしてください。

  • 関 清二

    開演前から客席に話しかける、いちばんおいしい役。台本を大切にしながら、その日のお客さまとのやりとりを楽しんで、アドリブも存分にどうぞ。

  • 安曇 希

    開票の場面は、毎回ちがう開票結果を読み上げる、その日だけの時間です。どちらの結果が出ても、同じまじめさで向き合ってください。

― 鹿踊子

観劇の感想

  • 投票結果によってこんなにも結末が変わることにびっくりしました。全然違う結末だったので、二回見る価値ありです。
  • 前半で気になっていた違和感が、後半になってその正体がわかり、面白い本だなと思いました。